1以扫的后代(代上1:34-37)
1エサウ、すなわちエドムの系図は次のとおりである。
2以扫娶了迦南的女子为妻,就是赫人以伦的女儿亚大,和希未人祭便的孙女,亚拿的女儿阿何利巴玛;
2エサウはカナンの娘たちのうちから妻をめとった。すなわちヘテびとエロンの娘アダと、ヒビびとヂベオンの子アナの娘アホリバマとである。
3又娶了以实玛利的女儿、尼拜约的妹妹巴实抹。
3また、イシマエルの娘ネバヨテの妹バスマテをめとった。
4亚大给以扫生了以利法;巴实抹生了流珥。
4アダはエリパズをエサウに産み、バスマテはリウエルを産み、
5阿何利巴玛生了耶乌施、雅兰和可拉。这些都是以扫的儿子,是在迦南地生的。
5アホリバマはエウシ、ヤラム、コラを産んだ。これらはエサウの子であって、カナンの地で彼に生れた者である。
6以扫带着他的众妻子、儿女和家中所有的人,以及他的牲畜、所有的牲口和他在迦南地所得的一切财产,离开他的弟弟雅各到别的地方去了。
6エサウは妻と子と娘と家のすべての人、家畜とすべての獣、またカナンの地で獲たすべての財産を携え、兄弟ヤコブを離れてほかの地へ行った。
7因为他们都有很多财物,所以不能住在一起;又因他们牲畜很多的缘故,他们寄居的地方也容不下他们。
7彼らの財産が多くて、一緒にいることができなかったからである。すなわち彼らが寄留した地は彼らの家畜のゆえに、彼らをささえることができなかったのである。
8于是,以扫住在西珥山上。以扫就是以东。
8こうしてエサウはセイルの山地に住んだ。エサウはすなわちエドムである。
9以下是西珥山以东人的始祖以扫的后代:
9セイルの山地におったエドムびとの先祖エサウの系図は次のとおりである。
10这些是以扫众子的名称:以利法是以扫的妻子亚大的儿子,流珥是以扫的妻子巴实抹的儿子。
10エサウの子らの名は次のとおりである。すなわちエサウの妻アダの子はエリパズ。エサウの妻バスマテの子はリウエル。
11以利法的儿子是提幔、阿抹、洗玻、迦坦和基纳斯。
11エリパズの子らはテマン、オマル、ゼポ、ガタム、ケナズである。
12亭纳是以扫的儿子以利法的妾;她给以利法生了亚玛力。以上这些人是以扫的妻子亚大的子孙。
12テムナはエサウの子エリパズのそばめで、アマレクをエリパズに産んだ。これらはエサウの妻アダの子らである。
13流珥的儿子是拿哈、谢拉、沙玛和米撒。这些人是以扫的妻子巴实抹的子孙。
13リウエルの子らは次のとおりである。すなわちナハテ、ゼラ、シャンマ、ミザであって、これらはエサウの妻バスマテの子らである。
14以下是祭便的孙女、亚拿的女儿、以扫的妻子阿何利巴玛的儿子:她给以扫生了耶乌施、雅兰和可拉。
14ヂベオンの子アナの娘で、エサウの妻アホリバマの子らは次のとおりである。すなわち彼女はエウシ、ヤラム、コラをエサウに産んだ。
15以下是以扫子孙中的族长:以扫的长子以利法的子孙中,有提幔族长、阿抹族长、洗玻族长、基纳斯族长、
15エサウの子らの中で、族長たる者は次のとおりである。すなわちエサウの長子エリパズの子らはテマンの族長、オマルの族長、ゼポの族長、ケナズの族長、
16可拉族长、迦坦族长、亚玛力族长。这些人是以东地以利法的族长,都是亚大的子孙。
16コラの族長、ガタムの族長、アマレクの族長である。これらはエリパズから出た族長で、エドムの地におった。これらはアダの子らである。
17以扫的儿子流珥的子孙中,有拿哈族长、谢拉族长、沙玛族长和米撒族长。这些人是以东地流珥的族长,都是以扫的妻子巴实抹的子孙。
17エサウの子リウエルの子らは次のとおりである。すなわちナハテの族長、ゼラの族長、シャンマの族長、ミザの族長。これらはリウエルから出た族長で、エドムの地におった。これらはエサウの妻バスマテの子らである。
18以扫的妻子阿何利巴玛的子孙中,有耶乌施族长、雅兰族长和可拉族长。这些人是亚拿的女儿、以扫的妻子阿何利巴玛的族长。
18エサウの妻アホリバマの子らは次のとおりである。すなわちエウシの族長、ヤラムの族長、コラの族長。これらはアナの娘で、エサウの妻アホリバマから出た族長である。
19以上这些人就是以扫的子孙和他们的族长。以扫就是以东。
19これらはエサウすなわちエドムの子らで、族長たる者である。
20西珥的子孙(代上1:38-42)以下是那地原有的居民,何利人西珥的儿子:罗坍、朔巴、祭便、亚拿、
20この地の住民ホリびとセイルの子らは次のとおりである。すなわちロタン、ショバル、ヂベオン、アナ、
21底顺、以察和底珊。这些人是以东地何利人西珥子孙中的族长。
21デション、エゼル、デシャン。これらはセイルの子ホリびとから出た族長で、エドムの地におった。
22罗坍的儿子是何利和希幔;罗坍的妹妹是亭纳。
22ロタンの子らはホリ、ヘマムであり、ロタンの妹はテムナであった。
23朔巴的儿子是亚勒文、玛拿辖、以巴录、示玻和阿南。
23ショバルの子らは次のとおりである。すなわちアルワン、マナハテ、エバル、シポ、オナム。
24祭便的儿子是亚雅和亚拿。当年在旷野牧放他父亲祭便的驴,发现了温泉的,就是亚拿。
24ヂベオンの子らは次のとおりである。すなわちアヤとアナ。このアナは父ヂベオンのろばを飼っていた時、荒野で温泉を発見した者である。
25亚拿的儿子是底顺;亚拿的女儿是阿何利巴玛。
25アナの子らは次のとおりである。すなわちデションとアホリバマ。アホリバマはアナの娘である。
26底顺的儿子是欣但、伊是班、益兰和基兰。
26デションの子らは次のとおりである。すなわちヘムダン、エシバン、イテラン、ケラン。
27以察的儿子是辟罕、撒番和亚干。
27エゼルの子らは次のとおりである。すなわちビルハン、ザワン、アカン。
28底珊的儿子是乌斯和亚兰。
28デシャンの子らは次のとおりである。すなわちウズとアラン。
29以下是何利人的族长:罗坍族长、朔巴族长、祭便族长、亚拿族长、
29ホリびとから出た族長は次のとおりである。すなわちロタンの族長、ショバルの族長、ヂベオンの族長、アナの族長、
30底顺族长、以察族长、底珊族长。这些都是何利人的族长,在西珥地按着他们的宗族作族长的。
30デションの族長、エゼルの族長、デシャンの族長。これらはホリびとから出た族長であって、その氏族に従ってセイルの地におった者である。
31以东众王(代上1:43-50)以色列人还没有君王统治之前,在以东地作王的记在下面:
31イスラエルの人々を治める王がまだなかった時、エドムの地を治めた王たちは次のとおりである。
32比珥的儿子比拉在以东作王,他的京城名叫亭哈巴。
32ベオルの子ベラはエドムを治め、その都の名はデナバであった。
33比拉死后,波斯拉人谢拉的儿子约巴接替他作王。
33ベラが死んで、ボズラのゼラの子ヨバブがこれに代って王となった。
34约巴死后,从提幔地来的户珊接替他作王。
34ヨバブが死んで、テマンびとの地のホシャムがこれに代って王となった。
35户珊死后,比达的儿子哈达接替他作王;这哈达就是在摩押原野上击败了米甸人的;他的京城名叫亚未得。
35ホシャムが死んで、ベダデの子ハダデがこれに代って王となった。彼はモアブの野でミデアンを撃った者である。その都の名はアビテであった。
36哈达死后,玛士利加人桑拉接替他作王。
36ハダデが死んで、マスレカのサムラがこれに代って王となった。
37桑拉死后,大河边的利河伯人扫罗接替他作王。
37サムラが死んでユフラテ川のほとりにあるレホボテのサウルがこれに代って王となった。
38扫罗死后,亚革波的儿子巴勒.哈南接替他作王。
38サウルが死んでアクボルの子バアル・ハナンがこれに代って王となった。
39亚革波的儿子巴勒.哈南死后,哈达接替他作王;他的京城名叫巴乌;他的妻子名叫米希他别,是米.萨合的孙女、玛特列的女儿。
39アクボルの子バアル・ハナンが死んで、ハダルがこれに代って王となった。その都の名はパウであった。その妻の名はメヘタベルといって、メザハブの娘マテレデの娘であった。
40以东的族长(代上1:51-54)以下是以扫所出族长的名字(他们是按着自己的家族和住处命名的):亭纳族长、亚勒瓦族长、耶帖族长、
40エサウから出た族長の名は、その氏族と住所と名に従って言えば次のとおりである。すなわちテムナの族長、アルワの族長、エテテの族長、
41阿何利巴玛族长、以拉族长、比嫩族长、
41アホリバマの族長、エラの族長、ピノンの族長、
42基纳斯族长、提幔族长、米比萨族长、
42ケナズの族長、テマンの族長、ミブザルの族長、マグデエルの族長、イラムの族長。これらはエドムの族長たちであって、その領地内の住所に従っていったものである。エドムびとの先祖はエサウである。
43玛基叠族长和以兰族长。这些都是以东人的族长,在所得作为产业的地上,按着他们的住处作族长。以东的始祖就是以扫。
43マグデエルの族長、イラムの族長。これらはエドムの族長たちであって、その領地内の住所に従っていったものである。エドムびとの先祖はエサウである。