1信的人可以进入安息
1それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。
2因为有福音传给我们,像传给他们一样,只是他们所听见的道,对他们没有益处,因为他们没有用信心与所听见的打成一片(“没有用信心与所听见的打成一片”,有古卷作“没有用信心与听从这道的人打成一片”)。
2というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。
3然而我们信了的人,就可以进入那安息。正如 神所说:“我在烈怒中起誓说,他们绝不可进入我的安息!”其实 神的工作,从创立世界以来已经完成了。
3ところが、わたしたち信じている者は、安息にはいることができる。それは、「わたしが怒って、彼らをわたしの安息に、はいらせることはしないと、誓ったように」と言われているとおりである。しかも、みわざは世の初めに、でき上がっていた。
4因为论到第七日,他在圣经某一处说:“在第七日 神歇了他的一切工作。”
4すなわち、聖書のある箇所で、七日目のことについて、「神は、七日目にすべてのわざをやめて休まれた」と言われており、
5但在这里又说:“他们绝不可进入我的安息。”
5またここで、「彼らをわたしの安息に、はいらせることはしない」と言われている。
6既然这安息还留着要让一些人进去,但那些以前听过福音的人,因为不顺从不得进去;
6そこで、その安息にはいる機会が、人々になお残されているのであり、しかも、初めに福音を伝えられた人々は、不従順のゆえに、はいることをしなかったのであるから、
7所以 神就再定一个日子,就是过了很久以后,借着大卫所说的“今天”,就像前面引用过的:“如果你们今天听从他的声音,就不要硬着心。”
7神は、あらためて、ある日を「きょう」として定め、長く時がたってから、先に引用したとおり、「きょう、み声を聞いたなら、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」とダビデをとおして言われたのである。
8如果约书亚已经使他们享受了安息, 神后来就不会再提到别的日子了。
8もしヨシュアが彼らを休ませていたとすれば、神はあとになって、ほかの日のことについて語られたはずはない。
9这样看来,为了 神的子民,必定另外有一个“安息日”的安息保留下来。
9こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。
10因为那进入 神安息的人,就歇了自己的工作,好像 神歇了自己的工作一样。
10なぜなら、神の安息にはいった者は、神がみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。
11所以,我们要竭力进入那安息,免得有人随着那不顺从的样子就跌倒了。
11したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。そうでないと、同じような不従順の悪例にならって、落ちて行く者が出るかもしれない。
12 神的道是活的、有效的 神的道是活的,是有效的,比一切两刃的剑更锋利,甚至可以刺入剖开灵与魂,关节与骨髓,并且能够辨明心中的思想和意念。
12というのは、神の言は生きていて、力があり、もろ刃のつるぎよりも鋭くて、精神と霊魂と、関節と骨髄とを切り離すまでに刺しとおして、心の思いと志とを見分けることができる。
13被造的在 神面前没有一样不是显明的,万有在他的眼前都是赤露敞开的;我们必须向他交帐。
13そして、神のみまえには、あらわでない被造物はひとつもなく、すべてのものは、神の目には裸であり、あらわにされているのである。この神に対して、わたしたちは言い開きをしなくてはならない。
14我们的大祭司耶稣我们既然有一位伟大的、经过了众天的大祭司,就是 神的儿子耶稣,就应该坚持所宣认的信仰。
14さて、わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエスがいますのであるから、わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではないか。
15因为我们的大祭司并不是不能同情我们的软弱,他像我们一样,也曾在各方面受过试探,只是他没有犯罪。
15この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。
16所以,我们只管坦然无惧地来到施恩的宝座前,为的是要领受怜悯,得到恩惠,作为及时的帮助。
16だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか。